子供達はゲームをプレイすると犯罪を起こすようになるのか【ゲームと犯罪と子どもたち】

目次

  • まえがき
  • 第1章 科学的には根拠のないゲーム批判――子どもたちはゲームと現実を混同しているのか
  • 第2章 新しいメディアはいつの時代も非難の的――印刷術の発明から最新技術のゲームまで
  • 第3章 過去の研究データの正しい読み方――曲解やトリックがつくりだす歪んだ常識
  • 第4章 1254人の子どもと500人の保護者を調査する――「普通の子ども」と「普通ではない子ども」の境界線
  • 第5章 子どもがゲームをするほんとうの理由――子どもたちのことは子どもたちに聞いてみる
  • 第6章 たしかに存在する“悪い“ゲーム――ゲームを作る大人の側の思惑
  • 第7章 年齢による審査制度を再考する――親は何を基準にゲームを選べばいいのか
  • 第8章 ゲーム批判で見のがす問題の本質――子どもの味方を標榜する政治家たち
  • 第9章 保護者が子どもにできること――衝突するのではなく対話しながら導く
  • 訳者あとがき

調査は

本書はマサチューセッツ総合病院精神科の一部門であるハーバード大学医学部のメンタルヘルス・アンド・メディアセンターが「暴力的なゲームと子供達のの関係性について」の学術研究をまとめたものである。(米国政府からの150万ドルの予算、調査対象1257名の子供、約500名の保護者、調査機関2年)

いつも新メディアは非難される

何時の時代も新しいメディアは非難される。それを受け入れた後、どの様な影響を及ぼすか不透明な為だ。小説、ラジオ、テレビ、映画等は出現してから時間が経過し、古典的名作もある為か批判される事はほぼなくなった。

過去、新しいメディアに対して、批判や研究が行われてきたが、その批判には根拠が無かったり、研究者によって意見が逆で一致しない等、混乱の歴史が紹介されている。そして現在はゲームというわけだが、こういった混乱の歴史が紹介されているという事は、今回の研究でもそうで結論は出ていないという事だ。それは「まえがき」にもあるとおり。

P6 まえがき

この研究結果は最終的な結論ではなく、理解を深め、全体像を把握するための一歩とみなすべきであることも強調しておきたい。

こういった分野を研究する際、喜びと同時に欲求不満が引き起こされるのは、ひとつには研究を終えるにあたって、開始時点よりも多くの疑問を抱えるようになるからである。

調査結果は

ペンシルベニア、サウスカロライナの中学生12歳~14歳の男女1257名の暴力的なゲームに対してのアンケート調査では、暴力的なゲームをプレイする子供は暴力的な子供になるのか因果関係を証明することはできていない。

子供と保護者両方のアンケートでも「暴力的なゲームは人を暴力的にするのでは」という懸念はもっているが、実際に暴力的になった人、トラブルに巻き込まれた人を見たことがないし、知らないというのも重要だろう。

P129 結果にはどの程度意味するのか?

断面的に設計された研究は相関関係を示すだけで、因果関係を証明することはできない。

つまり一回だけの調査では、たとえばM指定のゲームをすることが、実際に攻撃的行動を助長、もしくは誘発していたのかは、断定できないということだ。

けんかをしたり、停学になったりする子どもは、暴力的なゲームに魅力を感じやすいのかもしれないし、

暴力的なゲームをすることと攻撃的な行動を取ることの両方に作用する、第三の要素があるのかもしれない。

それに多くの子供達は仮想世界と現実世界を既に分けて考えており、まともだ。現実世界では自動車を噴き飛ばしたり、人を殺したりできないが、悪態をつくことはできるので、ゲーム内の汚い言葉遣いの方に敏感だったり、暴力的なゲームよりニュースの方に敏感だったりする。ニュースで放送されるのは仮想世界での出来事では無く、現実世界の出来事だからだ。

暴力的なゲームをする理由も実に現実的だ。怒りやストレス発散。カッコよさを求める。競争して勝ちたい。チームで協力したい等。

悪しきゲームは確かに存在する

本書では子供達から離さなければならない悪いゲームというのは暴力的なゲームではなく、以下の様なゲームを紹介している。

アドゲーム

メールアドレス等の個人情報を取得し、大人のマーケティングに抵抗力が無い子供に直接アプローチできる。

政治的思想的意図を含むゲーム

  • 「Concentration Camp Rat Hunt」アウシュビッツ強制収容所でユダヤ人を模した「ネズミ」を撃つ。
  • 「Ethnic Cleansing」米国のネオナチ組織、文字通り民族浄化を意味するゲーム。
  • 「Under Ash」イスラエルに対する蜂起に参加される目的。

これにはびっくり。海外は強烈だ。日本では私が知る限りそういったゲームは見た事がない。

新メディアに対してできること

原題は「GRAND THEFT CHILDHOOD」で暴力的なゲームの代表「GRAND THEFT AUTO」とかけてある。

「GRAND THEFT AUTO」は「車両窃盗」だから、「GRAND THEFT CHILDHOOD」は綺麗に書けば「幼少期を奪うもの」と言ったところだろうか。

では「幼少期を奪うもの」は何かだが、研究を見る限りゲームだけではなく、子供を取り巻く環境(特に保護者)に存在するという事は確かだ。

アメリカやヨーロッパだけでない。日本でも何か凶悪事件が起こると、具体的な議論や研究があまり無いにも関わらず、暴力的なゲームが原因だと断定され、「子供達を守る正義の味方」をしたいマスコミや政治家や評論家の中からは「ゲームは子供達に悪影響を起こす諸悪の根源であり規制するべきだ」という声があがる事がある。

だが調査結果では、因果関係は証明されておらず、暴力的なゲームであっても、レイティングを守り、普通にゲームをプレイする範囲では特に問題ないとしている。危険なのはゲームを敵視するあまり、他の原因を見逃す可能性があるからだ。

P269 第8章

暴力的なゲームを批判するのは簡単だが、親や社会活動家、議員が、ゲームのようにマイナーな標的に集中していると、

若者の暴力行為により大きく顕著な影響を与える要因であることがすでに証明されている、さまざまな社会的、行動的、経済的、生物学的、

精神衛生的問題などを見落とすことになる。

つまり、反射的に反応すると、より複雑でずっと重要な問題から注意をそらすことになるのだ。

子供が暴力的な人間になるのは、色々と原因があるだろう。遺伝的なのか、生活環境にあるのか、そもそも本当にゲームにあるのか。これらが複合的になっているかもしれない。

それを防ぐのは、やはり、親が子供の事を知ること、生活環境を知ること、ゲームを知ることだ。
大人が子供に変化が無いか観察し、マスコミ報道に安易に流されず、話し合いをしていければ良い。

それが子供を今後も出現してくるであろう新しいメディアに対応できる大人に育てる事が出来るはずだ。

P314 第9章 保護者は何をすべきか?

最初の一歩は、「子どもを暴力的なゲームから守るには、どうしたらいいですか?」というよく聞かれる質問を

「子どもがゲームをする時間をもっとも有効に使えるように、どう手助けすればいいですか?」に変えることだ。

前にも述べたとおり、これはボクシングではなく、合気道であり、力と力の衝突をさせたり、管理を放棄しようとしたりしてはいけない。

その代わりに、子どものスキルと興味を活用し、その方向を変えてやるようにしよう。

(この著書は原書が2008年だ。それからはスマートフォンが普及し、さらにゲームが身近になっている。より繊細な対応が必要だろう。)

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